フラット

食品偽装と広告

先日も書きましたが、今「フラットカルチャー」という本を2回生の小集団のテキストとして使用しています。今の世のなかで境目があいまいになってきたという内容ですが、いくつか世の中の境目があいまいになってきたと私自身感じることが多いので、これから少しそういう視点で書いてみたいと思います。今回は食の偽装です。

食の偽装の話題が話題になりもうどのくらいになるのでしょうか。少なくとも2週間は過ぎたと思います。いまだにニュース番組で大きく取り上げられています。本当に残念なことですが、ある意味、人ごと出ない気がします。レストランのメニューも、立派なマーケティングコミュニケーションツールですし、もしそのメニューがチラシにでも書かれていれば広告物です。広告会社にいる気には、結構どこまで書いてい良いか、どのような表現をすべきかで頭を悩ませていました。

その時には結局良心に戻り、うそは絶対に書かないことを心がけていました。でも、本当に微妙な時もありますし、また、判断が難しい時がありました。そんな時、今考える先輩、特に年配の広告の職人のような人の教えが大きかった気がします。どの世界でも職人のような人はいました。まさに広告のプロと呼べるような人です。

食の偽装の話に戻れば、レストランのシェフとか、和食の板前さんは、まさに職人、プロと呼べる人ではなかったでしょうか。頑固一徹なある時には少し融通を利かせばよければよいのにと思われるようなことでも絶対に自分の考えを曲げない人、それが一流のシェフであり、板前さんだった気がします。その点からいえば、食の偽装をするような人は、とてもプロとは言えないと思います。

少し前に、比べるとプロとアマの境目が合間になってきたと思います。職人の世界のフラット化です。なぜ、プロとアマの境目が薄れてきたのでしょうか。もちろん、長引くデフレだとか、欧米流の流れだということもできると思います。ただしわたしは、年配者の責任も大きいと思います。

私自身がその年齢になってきましたが、私が20代の頃の40~50代の人はもっとがんごで自分のやり方にこだわりを持っていた気がします。いつでも若い人を敵対しする態度が良いことではありません。でももう少し一つのことを長く続けてきた我々が自分の仕事にこだわり持ち、誇りを持って、次の世代に伝えていってほしいと思います。

そのことが日本の良い伝統だと思いますし、日本の信頼に大きくつながるものだと思います。若い皆さんは、年配の人から多少煙たいことを言われたとしても、将来、自分のためになるとしっかり聞いてもらいたいと思います。

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