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自己神欲をなくすために

本当に久しぶりのブログです。どうも目に付く広告もなく、またネットがらみの話は少し食傷気味な感じです。ということで、また、ものの考え方の話を書かせてもらいます。


土曜日に、学部時代のOB会があり、恩師の肥田日出生先生のお話をお聞きしてきました。私の学部時代のゼミはマーケティングが専門ですが、どちらかというと「ものの考え方」に関するお話が多いゼミでした。今の私のゼミは、どうしても企業プロジェクトなどで忙しく、それらを話す機会が中々ないので、ここで書かせてもらいます。
肥田先生のお話は、「自己神欲をどうしたらなくすことができるか」ということでした。自己神欲とは先生が言われている言葉で、自尊心よりも大きな概念で、自分を神だと思い込んでいる人のことのようです。特に子ども時代に優秀だといわれた人に多いとのことでした。本人が意識していなくとも、自分の言っていることは常に正しい、もし何か批判を受けようなら、烈火のごとく怒るような人です。少し分かりにくいと思いますが、そのような人のことだと思ってください。正直、教員をしているとためにこういう方にお目にかかることもあります。
先生はどうしたら自己神欲をなくすことができるかということを話してくださりました。先生の話をお聞きしながらはじめは、このような人がそれほどいるのかなと疑問に思いました。但し、最近の学生を見ていると上述の外に向かう自己神欲でなく、内に向かう自己神欲の人はかなりいる気がしました。自分の世界に入り込んで、その世界を否定されることを極端に嫌う人たちです。ひどくなると引きこもり状態ですが、そうではなく、普通の大学生でも特に授業中に、ほとんど意見を言わない、目立たないでいようとする学生が増えた気がします。スクールカーストの影響かも知れませんね。これらの人も一種の自己神欲があるきがしました。
とにかく恥を書きたくない、目立ちたくないという人です。外向きの自己神欲は人に不快な気持ちをあたえ、直接的な問題がありますが、内向きの自己神欲もせっかくの学ぶチャンスを失い、深みのない、薄い人生を送ることになってしまうのではないかと思います。
そのような自己神欲をなくすために、肥田先生は、何かを崇拝することがよいといわれていました。たとえば、サッカーや野球の球団でもよいので、皆でそれを賞賛することで、自分が一番偉いということが薄れるということです。
話はずれますが、フェースブックでも書きましたが、今日のゼミで3・4回生それぞれからプレゼントをもらいました。これ自体確かにうれしいのですが、彼らにとっても大変素晴らしい経験ではないかと思いました。すなわち、誰かに対して皆で敬意を払い、誕生日のプレゼンを送るということは、上述したある意味の何かに対する賞賛と通じるところがあるのではないでしょうか。人の誕生日や何かしてもらったときは皆でお祝いをするということは自己神欲を捨てるためにもプラスになると思います。
もう一つ、自己神欲を捨て、学ぶ姿勢を作るには三枚目になることだと先生は言われておられました。聞く姿勢で、カッコばかりつけて、「自分は知っているけど、一応お前に答えさせてやろう」という態度では、何も教えてくれません。自分が三枚目を演じることで、相手も気を許して色々教えてくれるはずです。そういえば、最近の学生は、以前と比べると本当にやんちゃな少し三枚目的なキャラクターを持つ子が減ってきたと思います。まじめで、必要なことは答えるが、それ以外は質問もしないという感じです。
いつもいつも三枚目を演じ続けるのは、大変ですが、たまには恥ずかしさを忘れて三枚目を演じることも大切な気がします。私自身、若いときは結構三枚目的な行動をとって、軽い人間と思われていましたが、そのおかげか上司や先輩に色々教えていただきました。自己神欲を捨てて、学び続けることこそ、充実し、成長が伴う人生を過ごせる秘訣だと感じました。ぜひ、皆さんも皆で何かを賞賛すること、そしてたまには三枚目を演じることもして欲しいと思いました。

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