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目標と結果

今年も、学内の研究発表大会、ゼミナール大会がありました。毎年予選を行い数チームが大ホールで行われる決勝大会に進むというものです。ここ数年、うちのゼミは決勝に進出させてもらっていました。ただし、今年度は残念ながら2チームとも決勝に進むことは出来ませんでした。


もちろん、本人達の能力や努力の問題ではありませんし、聞いている範囲の内容では、決して昨年より劣っているとも思いません。でも結果は結果です。真摯に受け止めなければいけないのは彼ら以上に私のような気がしています。


ドラッカーではありませんが、私は目的、目標を設定してそれに向かって学生に頑張ってもらうことを常に意識して指導をしてきました。先生によっては、勝ち負けにこだわることは良いとしない人もいますし、また動機づけの研究でも、賞金などが継続的な動機付けにはプラスに働かないと言われています。でも目標に向かって、努力し、一定の期間、力を集中をするということは、私は大変素晴らしいことだと思います。社会人時代でも、コンペや、年間プランのプレゼンの前には、集中してその目標に向かい力を出し切り、すがすがしい気持ちを味わった気がします。

今でも目標を設定することは悪いことではないと思っています。ただ反省すべきことはここ数年結果が出ていたことで、結果に対して、学生に過剰に意識をさせてしまった気がします。何年か前までは、学部の研究発表の代わりに電通賞という論文賞への応募がありました。その頃の学生も同じように頑張っていましたが、今ほど、賞に輝く可能性は高くなく、それほど勝ち負けに意識を働かせていてはいなかったような気がします。

学びや仕事での動機づけ、そしてそれをおこなった後の爽快感と楽しさは何から来るのでしょうか。もちろん、結果がでた時の喜び、感動はあると思いますが、時がたつと感じることは、同じ時間、同じ目標に向かって力を注いだ仲間と時間を共有できたことが大きな要素のような気がします。



今、研究で広告取引を長年取り組んでいます。一番の課題は欧米と日本の取引、広告主や広告会社のニーズの違いを考えることです。欧米は、目標も明確にしますが、その分結果にも厳しい視点が向けられると思います。日本は、特に広告に関しては、目標についても比較的曖昧でしたが、結果も広告以外の要素が大きいという理由で曖昧に扱われれて来た気がします。どちらが良いかわかりませんし、大学の指導と広告の取引の間に違いはある気も知れますが、何か、目標は明確にするが、単純な勝ち負けのようの結果は意識をさほどしなくても良い気がしています。それよりは、結果に至ったプロセスを考えることが大切だと思います。そうすることで、短期的な成果より、長期的な成果を得られる気がします。




広告の取引でいうなら、まずは目標を明確化し、そしてそれに向かって最善をとれるような体制と自律性を与える、結果が出た後にはペナルティのような報酬をカットをするのではなく、プロセスを反省し、次につなげる、それが良い気がします。
単純に勝てなかったことを他人や運のせいにするのではなく、プロセスの中で、改善すべきことが何かを考えていく力が、自然と人を成長させ、力を伸ばせることになる気もします。明日はゼミがあり、もう1つのプロジェクトである、論文の作成が始まります。結果にこだわらず、でも目標に向かって一丸となって進めるように、どのように彼らに話すか今晩一晩ゆっくり考えてみようと思います。

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