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5無い学生と大学の意味

今日は、先ほどまで放送されていたTVタックルの話を取り上げたいと思います。今日のテーマは大学教育です。田中文部科学大臣の発言からか、定員に満たない大学が増加したことについての問題点が、巷で話題になっている流れだと思います。

その話の中で、「5無い学生」の増加ということが取り上げられていました。私は知らなかったのですが、最近の学生を表す言葉で「サークルに入らない」「アルバイトをしない」「勉強しない」「恋愛しない」「本を読まない」という5つをしない学生のことを表すようです。当初はこのような学生が増えることでコミュニケーション能力が低い若者が増えている問題点をあげていました。ただし、そのパネラーの一人が、5無い学生を肯定する発言をされていました。

というのもそういう言うことを言っている人は、自分たちの学生のころを肯定しているために言っているだけで、今は状況が違うというわけです。サークルも今はSNSがあり必要ない、アルバイトも昔ほど自動車など物に対する執着心が無い、本はネットで見ているので情報量は多い、恋愛はリスクを負うのでさけている、といった論旨です。またそもそもコミュニケーション能力についても、専門性があればコミュニケーション能力は必要はないというのがその方の論理でした。

何か違う感じを私は受けました。まずそれほどの専門性があるのであれば、大学に行く必要もありません。ただし、それだけの専門性を備えた人がどの程度いるかは疑問です。今や大学の進学率は50%を超えています。それだけ多くの人が行くところになっているわけです。

専門性といってもある意味の単純労働のような何かに特化した仕事なのかもしれません。それにしてもロボット技術の進歩から、いまや単純労働は減るばかりだと思います。また、仕事もますます多様化をしていくと思っています。もちろん、専門的に人とコミュニケーションをとらずとも出来る仕事もありますが、それだけではなりたちません。

また、人の進歩は情報の交換をすることから生まれるという話は先日書きましたよね。より良い社会を生み出すためにも私は適切なコミュニケーションがとれ、社会をよりよくできる情報の交換は大切だと思います。

それでは、大学は何をすべきなのでしょうか。私は一部の優秀大学や専門的な知識を必要とする大学以外、特に文系の学部では、学生が人が生きる上での価値を確認することのできる能力を身につける場だと思っています。そして、その価値を見つけ出すための最低限の思考方法を身につける場所です。

私は、生きる価値とは、仕事を通して自分が何かを創造し、そしてそこから得る感動的な体験をすることではないかと思っています。別に創造的といっても本や絵を描くような凄いクリエイティブ的なことでなくても良いわけです。自分のちょっとした試みで、お客さんが笑顔になってくれるといったような些細なことも含みます。それがないとまさに大量生産の単純労働になってしまうと思います。そして、その小さな積み重ねが、よりよい社会を作り上げる原動力になってくると思っています。

大学時代に、そういう体験が出来た人は、社会にででも、そのような体験をしたいと思いますし、またそのような些細な試みをおこなえる思考回路も身につけていると思います。

このブログは基本私のゼミ生(現役とOB)のために書いています。現役の人は、是非今の学生生活の中で、人生の価値を確認してください。そして5無い学生にならず、コミュニケーション能力を高め、素晴らしい社会人になってください。またOBの人たちは、現役時代に素晴らしい体験をしているわずですので、それを思い出し、ぜひ自分のちょっとした新たな試みをし、ちょっとした感動的な体験をしてくれることを願っています。

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