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3月11日に思うこと:グリコの企業CM

今日は、3月11日、一年前に東北大震災が起こった日です。朝から特番で色々な報道映像が流され、今更ながらですが、一年は早くただし復興は進んでいないと感じました。

この一年、本当に恥ずかしいのですが、私自身は何も貢献するようなことをしませんでした。ゼミ生の方やOBの方の話を聞くと本当に誇りに思います。私がしたことと言えば、震災についての講義をおこなったことです。ACのCMについてがメインでしたが、あの時のACのCMの多さは、驚きでしたよね。1年たち、それほどTVばかりを見ているわけではありませんが、さほどACのCMを見ていない気がします。

GoogleやFacebookなどは新たな災害向けのサービスを始めていますし、自分たちが出来る範囲でやることが大切ですね。TV局は特番で対等しているようですが、CMでも少しは考えても良い気がします。特番でもCM流れているのですが比較的場違いなCMも流れている気がしました。

ゲームやボートレースの通常流れているCMです。その中で、グリコの企業広告はなんとなく、皆に力を与えてくれるような気がしました。震災と関連する内容ではありませんし、ある程度商品も出てきます。でも今日という日と、この番組ではより届く気がしますし、広告に対する不快感も減る気がしました。下が流れていたCMです。

どんなCMでもすべての人に認められるものはないと思います。感じ方は違いますよね。でもある程度は感じる部分に共通な視点はあると思います。もちろん他の企業が震災関係のCMをやっているからいってそれを真似をしなければいけないことはありません。ただし震災直後に、やたらとお見舞いのメッセージ付きのCMが流れていた気がしますが、今日流れているCMがあまりにメッセージ性が無いのに少し、気になりました。

まず人との比較ではなく、自分ができること、他の人がどう感じるかといった、その文脈を考えたCMを作ってもらいたいと思います。あるいは、震災が起こってからではなく、平時の今だからACのCMを作っておいて、自社のCM枠を出しても少し流してみる、そんなこともあっても良かった気がしました。

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コメント

ひでさんご無沙汰です。

キャプチャをアップロードできればいいんですけど、グリコは3/11の新聞広告も秀逸でした。

“私たちに何ができるんだろう 途方に暮れたあの日 落ち込んでしまったあの日
 哀しみに暮れたあの日 でも ふとお菓子を食べたこどもが ぱっと笑顔になった

 おとなだって おとなになれないときがある 元気を出せないときがある
 そんなときは おやつでも食べて欲しいな そう思って 真っ赤なグリコワゴンは
 東北へ向かったのでした

 つらいときは つらいって言おう 励まして欲しいときは 励ましてって言おう
 そばにいて欲しいときは お願いだからそばにいてって言おう

 おやつはあなたをちょっとだけ 包み込むものだと 信じているから
 しまい込んだ心を 癒してくれると信じているから
 気を張っている人を 甘やかしてくれるって信じているから
 あなたの元に お菓子を 笑顔を 届けに行きます

 新しい未来は 待ってちゃダメだ ばくらが 自分たちで 作ろう”


また、被災地域である河北新聞は3/11に6面を使って東日本大震災で亡くなった15,854人
すべての方の名前を載せています。
https://twitter.com/#!/Hiroto_1988/status/178841009759854592/photo/1

TVやネットとは別の、手で作るからこその文字の強さ、それを作る、刷る、配る事による
伝達しなければという思い。代々伝えていく、伝承の必要性の訴え。
そんな力がこの河北新聞社から感じられました。

投稿: 田中 克弥 | 2012年3月12日 (月) 11時46分

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